未払いの残業代や給与があるのに、逆に会社から損害賠償を請求されているーー。退職代行業者を利用したという方から、そんな相談が弁護士ドットコムに寄せられました。
相談者は、会社に退職の意向を伝えても高圧的な態度でまともに取り合ってもらえず、やむなく退職代行サービスを利用したそうです。退職はできたそうですが、1週間後に会社から相談者に対し損害賠償請求の書面が届いたといいます。
一方で、相談者は1カ月分の給与や半年分の残業代、退職金など、本来受け取るべきお金も会社から支払われていないそうです。
会社からの損害賠償請求に対して相談者は支払わなければならないのでしょうか。そもそも、未払いのお金は会社から支払ってもらえないのでしょうか。
●民間業者では「本来もらえるお金」に気づけないことがある
相談者のように、未払いの給与や残業代、退職金がある場合、これらは労働の対価として会社に請求できるのが基本的な考え方です。
給与は就労の事実があれば、残業代は労働基準法37条などに基づき時間外労働などの事実があれば、それぞれ会社に支払い義務が生じます。退職金についても、就業規則などで支給条件が定められていれば請求できます。
しかし、弁護士ではない民間の退職代行業者に依頼した場合、業者ができるのは「退職の意思を会社に通知すること」のみです。未払い給与や残業代、退職金の支払いについて会社と交渉するといった法律事務は、弁護士法72条により弁護士しか行えません。
民間業者は、会社に対し「辞めます」と言うことしかできません。そこで、依頼者のために「未払いの給与を請求できますよ」「残業代が発生していますよ」などと教えてくれない可能性がありますし、依頼時にもそういったことを丁寧に確認してもらうことは期待できません。
そのため、本来もらえるはずのお金があることに気づかないまま退職してしまい、請求しないままになってしまうおそれがあります。
特に、退職代行を利用しようと思う場合は、かなり精神的にも参っていて「とにかく辞められさえすれば何でもいい」という心理状態に陥りがちです。
会社を辞めた後は新たな収入の道が得られるまで経済的に苦しいのが通常ですから、本来請求できるはずのお金を見逃してしまうのは非常に痛いことです。
●時効にも注意
さらに、未払い賃金の請求権には時効があります。現行法では、賃金支払日から3年で時効にかかります(改正法により5年に延長されましたが、本記事の公開時点では3年です)。
つまり、賃金は退職後、時間が経てば経つほど請求が難しくなる(3年以前の賃金はどんどん時効にかかってしまう)ため、早期の対応が重要です。未払い賃金などの問題と退職手続きを一括して相談し対応できるのは弁護士に限られるため、こうした問題を抱えている場合は注意が必要です。
いったん退職代行業者に依頼し、やめた後に未払い賃金の請求を考え、退職代行業者ではこれができないから弁護士を探して‥となるのは、時間的な意味でも不利益になるおそれがあります。
●損害賠償請求への対応も弁護士でなければできない
本事例でさらに問題なのは、退職後に会社から届いた損害賠償請求への対応です。
会社からの請求書には、通常、請求の具体的な理由と根拠が記載されています。まずはその理由を正確に把握し、請求が法的に正当なものか、不当なものかを判断することが重要です。
会社が訴訟(裁判)などを起こしてきた場合、放置してはいけません。放置すると、裁判で欠席裁判となり、会社の主張がそのまま認められてしまう危険があります。 およそ通らないような請求でも、欠席したせいで認められた、ということになりかねません。
この会社からの請求について、本人に代わって会社とやり取りし、法的な反論や交渉を行う行為は、弁護士法72条に定められた弁護士のみが行える法律事務にあたります。民間の退職代行業者にこれらの対応を依頼することは法律違反(非弁行為)となり、業者自身も対応できません。
このような場合、民間業者に退職代行を依頼した方は、改めて弁護士を探して依頼し直す必要があるのです。
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)