この事例の依頼主
60代 女性
A子さんの母は90歳でしたが、お元気で、都内の老人ホームの個室で気持ちよく生活していました。横浜に(亡きご主人が残した)貸地と貸家をお持ちで、かなりの財産でした。A子さんは長女で、その下に地方に住むB男さんとその下のC男さんが相続予定でしたが、C男さんが急死して、その子のD男さんが相続の予定者となりました。横浜の(亡きご主人が残した)貸地と貸家はずっとC男さんが管理していました。無論報酬もとっています。ある日、母が「A子さん、遺言を作りたいから何とかして」と頼んできました。A子さんの依頼で私が公正証書遺言を作ることをお引き受けしました。
お元気とはいえ、90歳ですから、事前に私と助手の弁護士が老人ホームを訪ねてお話しをしました。つまり遺言をする能力の確認です。母の受け答えはしっかりしていて、何の問題も無いことがすぐ分かりました。数日以内に公証人を連れて再び老人ホームに行って、その場で公正証書遺言を作る手はずとしました。助手の弁護士がこの一部始終をビデオに収めました。これで万全です。ところが、その2日後、異変が起きました。D男さんの母、亡きC男さんの連れ合い、これが何ともたくましい人で、私が老人ホームに行った事を聞きつけて、血相変えて動き出しました。まず私の事務所に現れて、横浜の貸地と貸家は、C男と2人でこれまで守ってきた、誰にも渡さない、遺言など弁護士を雇ってでも作らせない、絶対に作らせないと言うのです。またA子さん宅にも電話して、同様のことを激しい口調で申し入れました。A子さん夫妻は穏やかな人柄で、生活にも困っていません。このC男夫人の強烈な電話と、私の事務所での出来事を聞いて、そんな勘ぐられるくらいなら、遺言なんかいらないと言って、遺言の話しは中止となりました。それから1年後、母が私の遺言はどうしたのと言い出したと、A子さんから私に連絡がきました。何とかしようと考える内に思いついて、お母さんは字は書けそうですか、と尋ねたら、字は読めるし署名はできるとのことなので、私がお母さんの希望を聞いてから、必要最小限の、できるだけ短い、わずか3行くらいの遺言の下書きを作って、これを参考にして書いてもらって下さい、と送りました。出来上がった遺言は、読むのも難しい大変なものでしたが、何とか署名、押印、日付はできていました。まあ、これでいくしかありません。次に、この少々怪しい遺言を補強するために、一年前のいきさつ、全く意思能力に不足がなかった様子を映像とした事情などを私の文書としてその遺言と一緒に保管しました。それから2年後、母は亡くなりました。そのわずか4行の遺言のおかげで、A子さん、B男さんは満足のいくものを相続しましたし、何よりもあの荒々しいC男夫人との争いがなく、総てスムーズに進みました。遺言の威力は大変なものと再確認しました。
どんなにひどい字で、訂正が多くても、わずか2~3行でも遺言は遺言、絶対的な効力です。