この事例の依頼主
50代 女性
A子さんは長女で、下にB男さんと末子C子さんがいて、85歳になる母が元気で実家にC子さん夫婦と生活していました。母は時価4000万円くらいの自宅土地建物と銀行定期預金7000万円くらいを持っていました。A子さんと母も仲はよく、毎年お盆と年末、正月にはA子さん夫婦と娘が温泉に連れて行く慣例でした。A子さん、B男さん、C子さんの兄弟仲もよく、母が亡くなっても争いは起きない見込みでした。元気だった母が88歳で亡くなって葬儀となりました。多忙なその合間にA子さんがC子さんに「遺言はあるの?」と聞いたら「ない」という返事でした。初七日も終わって、A子さん、B男さん、C子さんが遺産をどうするかで集まって、A子さんが「全部3分の1ずつでいいんでしょ」と言ったところ、C子さんも同意して、とにかく3分の1ずつ分けることになりました。このときC子さんはなぜか晴れ晴れとした表情でした。ところが、納骨が終って異変が起きました。C子さんが「遺言が見つかった」と言うのです。聞けば、最初からあったけれど、リフォームのときに紛失していたのを発見したというのです。そこには、不動産全部とその他遺産の3分の2をC子さんに相続させると書いてあって、A子さん、B男さんには何とも厳しい内容です。しかもその遺言はひどく訂正の跡があって、清書の前の原稿ではないかと思われるようなものでした。C子さんはそれまでと打って変わって、こわばった表情で「この遺言どおりとさせてもらいます。自宅と現預金の3分の2は全部私がもらいます」と言うのです。A子さんとB男さんは「遺言は無いと言っていたではないの。それに初七日の夜3人で3分の1ずつ分けると決めたじゃないの」と言いましたが、C子さんは「遺言のとおりにします」と一歩も譲りません。銀行預金の通帳と判も引き渡そうとしません。C子さん代理人の弁護士から家庭裁判所に、遺言検認と遺産分割調停が起こされました。
私はこの段階でA子さんとB男さん2人から相談を受け、代理人に就任しました。C子さんの強硬な態度から、調停話し合いでは到底埒が明かないと見て、私は調停を打ち切り、同時に地方裁判所に、銀行を被告として銀行預金支払請求の訴訟(A子さんとB男さんが、それぞれ2333万円ずつ求める)を提起しました。平成28年12月19日の最高裁判決で変更される前でしたから、この訴えができました。今は少し変わりました(なお、予備的に遺言が有効としても、遺留分を求めるという請求もしています)。被告となった銀行がC子さんも交えて裁判をしたいと訴訟告知をして、C子さんも加わる裁判となりました。銀行の訴訟告知は予想通りです。この裁判は銀行を被告としましたが、その目的は訴訟告知によって裁判に出てくるC子さんに遺産分割協議成立を認めさせることです。この裁判は、遺言が発見される前に(初七日の夜に)3人の遺産分割協議が成立したか否かが争点です。A子さん、B男さん、C子さんの法廷尋問をしっかりとやりました。裁判所は遺産分割協議成立との心証を得たのでしょう、和解を勧告して、結局A子さん、B男さんは銀行預金を3500万円ずつ受取り、C子さんは自宅を受け取って居住を続けることで和解が成立しました。もし遺言が有効なら、A子さん、B男さんは慰留分として1833万円ずつしかもらえないところですから、大成功です(しかもA子さんもB男さんも既に自宅を持っていたので、現金の方がずっと価値がありました)。
多分遺言はC子さんが無理に母親に作らせたものだったのでしょう。それで気がとがめて、最初は「遺言は無い」と言って、3分の1ずつの遺産分割協議を成立させたのでしょう。それで晴れ晴れとしていたのです。しかしその後、誰かに入れ知恵されたか、欲心が起きたかで、遺言があったと言い出したと思います。